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神戸地方裁判所姫路支部 平成8年(ワ)154号 判決 1999年3月31日

主文

一  被告株式会社山陽カンツリー倶楽部は原告に対し、金一一〇万四七三八円及びこれに対する平成六年一二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告三浦一穂に対する本訴請求及び被告株式会社山陽カンツリー倶楽部に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告と被告株式会社山陽カンツリー倶楽部との間に生じた分はこれを二〇分し、その一九を原告の、その余を被告株式会社山陽カンツリー倶楽部の各負担とし、原告と被告三浦一穂との間に生じた分はすべて原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告らは原告に対し、各自金二五〇〇万円及びこれに対する平成六年一二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告株式会社山陽カンツリー倶楽部(以下「被告会社」という。)が経営するゴルフ場においてキャディとして稼働していた原告が、キャディの業務に従事中、ゴルフ場でプレーしていた被告三浦一穂(以下「被告三浦」という。)の打球が右足部に当たった事故(以下「本件事故」という。)について、原告が、被告会社に対しては、雇用契約上の安全配慮義務違反の債務不履行又は不法行為に基づいて、被告三浦に対しては、不法行為に基づいて、損害賠償を求めた事案があり、これに対し、被告らが、本件事故は原告がプレーヤーたる被告三浦の前方に出るという、キャディとしての基本的義務に違反し、自殺行為ともいうべき危険な行動に起因するもので、被告らに義務違反行為はなく、不法行為等は成立しないと主張するほか、損害(主として原告の後遺症の有無及びその程度)も争った事案である。

一  前提となる事実(争いがないか、掲記の証拠により容易に認められる事実)

1 当事者等

(一) 被告会社は、ゴルフ場の造成事業、ゴルフ場の管理経営事業、土地の開発造成事業等を目的とする株式会社であり、兵庫県加西市中富町一六六八に山陽カンツリー倶楽部なる名称のゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)を管理、経営している者である。

(二) 被告三浦は、平成六年一二月一四日(以下「本件事故当日」という。)、本件ゴルフ場でプレーしていた者である。

(三) 原告は、平成五年二月から被告会社に正式採用され、本件ゴルフ場でキャディとして勤務していた者であり、本件事故当日、被告三浦ら四名のパーティー(以下「被告三浦ら」ともいう。)をキャディとして担当していた者である。

2 本件事故の発生

本件事故当日、本件ゴルフ場のアウト二番ホール(以下「本件ホール」という。)において、被告三浦の放った第二打が、原告の右足部を直撃するという本件事故が発生した。

3 本件事故に至る経緯

(一) 本件事故当日、被告三浦らは、本件ゴルフ場で競技を開始し、アウト一番ホールでの競技を開始し、本件ホールに向かった。

(二) 本件ホールは、全長三八九ヤード(三五五・七メートル)、パー四のコースであるところ、同ホールのティグラウンドで放った被告三浦の第一打の打球は、ティグラウンド前方約一九〇ヤード(約一七三・三メートル)の位置にあるコース南側グリーン寄りのバンカー(以下「本件バンカー」という。)に入った(被告三浦との間で争いがない。)。

(三) 被告三浦らは、第一打を放った後、それぞれ第二打を放つために自己の放った第一打の球が止まっている地点への移動を始め、原告もカート道を乗用カートに乗って被告三浦らに追随し、被告三浦の第一打の球が止まった本件バンカーに近接するカート道上にカートを停め、本件バンカー付近で被告三浦及びその付近に第一打が止まった別の競技者に、第二打を放つためのクラブを手渡した(被告三浦との間で争いがない。)

(四) 原告は、被告三浦の第一打停止地点より前方(グリーン寄り)に第一打が停止した他の二名の競技者に第二打を放つためのクラブを渡すため、停止していたカートまで戻り、右カートに乗ってカート道に沿って前方への移動を開始し、約一〇メートルほど進んだ地点に至った時、折から、被告三浦の放った第二打の打球がシャンクして、移動中の原告の右足首を直撃した。

4 原告の受傷内容及び治療経過

(一) 受傷内容

右足関節内顆骨折

(二) 診療期間

平成六年一二月一四日から同七年一〇月九日まで市立加西病院に通院

(三) 労災保険の後遺症認定

原告は、本件事故による後遺症について、西脇労働基準監督署から、労働者災害補償保険法施行規則別表第一の一四級九号(局部に神経症状を残すもの)に該当する旨の通知を受けた。

二  当事者の主張

1 原告

(一) 責任原因

(1) 被告会社の責任

ゴルフ競技は、その体積が小さい割合に重量が重いゴルフボールをかなり大きなクラブで打撃して高速で飛行させることにより行うもので、打球を身体に衝突させることは非常に危険であるが、プレーヤーは、特定の熟達者を除き、一般的には打球の方向と着球地点を任意に調節して、打球が前方にいるキャディに衝突しないようにすることは極めて困難である。

したがって、被告会社は原告の使用者として、原告らキャディに、打球の確認は打者の後方で行う旨の指導を徹底するだけでなく、本件のような場合においては、被告三浦及びその付近に第一打が停止した競技者が、第二打を放ってから、右両名の前方に第一打が停止している競技者に、第二打に使用するクラブを手渡すように指導して、原告らキャディの生命身体の安全を図るべき安全教育をなす雇用契約上の安全配慮義務を負っている。

しかるに、被告会社は、「打球の確認は打者の後方から行うように」との一応の指導はしていたようであるが、それ以上に、前方にいる競技者にクラブを手渡す時期について何らの指導をしていなかったため、原告らキャディの間では、前方のグリーンで先行するパーティが競技中の場合、後方にいる者(本件における被告三浦及びその付近に第一打が停止した競技者)が第二打を放つのを待たずに、前方にいる競技者に第二打に使用するクラブを手渡すことが慣例となっていた。

このように、本件事故は、被告会社の原告らキャディに対する安全配慮義務の懈怠によって生じたものであるから、被告会社は、民法七〇九条又は四一五条に基づいて、原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

(2) 被告三浦の責任

前記のとおり、ゴルフの打球を身体に衝突させることは非常に危険であり、プレーヤーが、特定の熟達者を除き、打球が前方にいるキャディや競技者に衝突しないよう調節することは極めて困難であるから、一般にゴルフ場で競技する者には、打撃の際、その技量に応じ、自己の打球が飛ぶであろうと通常予想しうる距離及び方向において、その範囲内に他人がいないかどうかを確認し、その範囲内に現に他人が存在するか又は存在する蓋然性がある場合には、打撃を中止するか又は他人が存在しないことを確認した上で打撃すべき注意義務がある。

本件において、被告三浦は、自分の放った第一打の打球が本件バンカーに入った後、前方の本件ホールのグリーン上で先行のパーティがプレー中であったため、原告から第二打を放つのに必要なクラブを手渡された際、「暫くお待ち下さい」と告げられ、第一打の打球が被告三浦より前方に止まった二人の競技者に第二打を放つためのクラブを手渡すために、原告がカート道をグリーンに向けて移動中であることを認識していたのであるから、被告三浦としては、先行するパーティが本件ホールのグリーン上での競技を終えたことを確認するだけでは足りず、原告からの指示があるか、少なくともキャディである原告が打球に対する危険を避けうる態勢にあることを確認した上で第二打を放つべき注意義務があった。

しかるに、被告三浦は、右注意義務を懈怠し、前方のグリーンが空いたことから、原告が打球に対する危険を避けうる態勢にあることを確認しないまま漫然と第二打を放ったため、シャンクした球が右へそれ、折から、カート道を乗用カートに乗って移動中で、後方からの打球に全く無防備な状態にある原告の右足首を直撃したものであり、被告三浦は、民法七〇九条に基づいて、原告に生じた後記損害を賠償する責任がある。

(二) 損害

(1) 受傷内容

原告は右足関節内顆骨折の他、本件事故により右足部神経麻痺及び腰椎椎間板ヘルニアの傷害を受けた。

(2) 後遺障害

原告は、右足部の腫脹、内顆部の圧痛、足関節の可動域制限が残存する他、背屈の筋力の低下、跛行が認められ、右膝関節の著しい機能障害、右足関節の機能全廃の後遺障害がある。

右後遺障害は、労働者災害補償保険法施行規則表第一の八級七号の「一下肢の三大関節中の一関節の用を廃したもの」に該当するか、少なくとも同別表第一の―〇級一〇号の「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」に該当する。

(3) 主位的損害の主張(八級相当) 合計四三四二万円

<1> 傷害慰謝料 二〇〇万円

<2> 休業補償 五八二万円

<3> 後遺障害慰謝料 七七〇万円

<4> 逸失利益 二七九〇万円

(4) 予備的損害の主張(一〇級相当) 合計二九七〇万円

<1> 傷害慰謝料 二〇〇万円(主位的主張と同じ)

<2> 休業補償 五八二万円(主位的主張と同じ)

<3> 後遺障害慰謝料 五一〇万円

<4> 逸失利益 一六七八万円

(5) 損益相殺

原告は、労災保険より、休業補償給付一七七万八七三三円、傷害補償給付五五万八二九六円の合計金二三三万七〇二九円を受領した。

(6) 弁護士費用 二〇〇万円

(三) よって、原告は被告らに対し、不法行為(被告会社に対しては債務不履行も)に基づく損害賠償として、右主位的又は予備的主張にかかる損害の内金として各自二五〇〇万円とこれに対する不法行為の日である平成六年一二月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2 被告会社

(一) 被告会社の責任について

被告会社は、キャディには入社時からマニュアルにしたがって安全教育も含めた教育を行っており、キャディ読本、ルールブック等を読むように配布しているし、安全教育でビデオテープを見せて打者の前に絶対に出るなと指導している。

さらに、キャディとの労働契約書には、キャディの負傷事故を防止するために、特に遵守事項として「プレーヤーの前方に決して出ない(打者の前ヘ出ることは自殺行為とみなす)」と記載し、キャディとして雇用する者にその趣旨を納得させたうえ、自署、捺印を得ており、原告も右の遵守事項を了解し、署名、捺印している。

また、キャディと被告会社は、過去(昭和四五年六月ごろ)の打球によるキャディの負傷事故を教訓とし、かつキャディが安全で楽しく働くことができるようにするために、「健康で楽しく働く為のお約束事項」と題する書面を特に取り交わしており、その約束事項の第一項に「一、プレーヤーの前方に決して出ない。(打者の前へ出る事は自殺的行為)」と掲げており、原告も右書面の趣旨を理解し、同書に署名、押印している。

その上、キャディの研修として、先輩のべテランキャディに付いて実際のプレーに同伴し、プレーヤーへのクラブの受渡しについて、プレーヤーの前方ではクラブを渡さないように実地に指導し、事故防止の方策を研修している。

なお、原告は、本件ホールにおいて、同ホールのグリーン上に先行するパーティがプレー中の場合、後方のプレーヤーの打球を待たずに、前方にいるプレーヤーに打球に必要なクラブを手渡す慣例があると主張するが、そのような慣例はない。むしろ、被告会社は、打球のため待機しているプレーヤーの前方に決して出ないように指導している。

以上のとおり、被告会社は、キャディの就業上の安全について十分配慮しており、被告会社にこの点において落ち度はなく、安全配慮義務を怠ったとはいえない。

本件事故は、キャディである原告が、キャディとして就業中、基本的な安全配慮事項に反して、球を打とうと待機しているプレーヤーの前方に自ら出で、しかも右プレーヤーが球を打つことを完全に制止することなく、打球が飛来することが容易に予測しうる場所に身を置いたために生じた、いわば自招行為による負傷事故である。

(二) 損害について

原告主張の後遺障害の存在及びその程度、個々の損害額はすべて争う。

3 被告三浦

(一) 被告三浦の責任について

ゴルフ競技のごときスポーツに参加する者が、競技の過程において被害を受けた場合には、加害者において故意又は重大な過失がなく、かつ被害の原因となるような競技のルールに反する行動がない限り、競技中において通常予測しうるような危険は、これを受忍したものというべく、この理は、ゴルフ競技におけるプレーヤーとキャディとの間にも妥当するものと解すべきである。

ゴルフにおいては、プレーヤーより前に出ないということは初歩的なルールであり、プレーヤーとしては、キャディも当然これを遵守するものと信頼するのが一般である。

原告が本件事故当時取った行動はそれ自体不自然かつ危険極まりないというべきところ、本件ホールのレイアウトは、本件バンカーの前方が大きく下に傾斜しており、被告三浦が第二打を放った地点から原告は死角となっており、また、被告三浦は、後方の訴外谷井が第二打を放った後に、前方にいた同伴競技者の訴外井上らに声を掛け、第二打を打つ意思を示すなど周囲の安全を十分に確認した上で第二打を放ったもので、本件事故当時、被告三浦は、原告が自己の前方にいるなどとは全く予想できず、被告三浦には、本件事故発生について、前記のような故意又は重大な過失はなく、ルールに反するような行動もとっていない。

原告は、被告三浦に対し、「暫くお待ち下さい」と指示し、その指示が解除されていなかった旨主張するが、そもそもキャディはあくまでプレーヤーに従属する補助者であってプレーの制止を指示する権限はないし、そのような指示をした事実、少なくとも被告三浦に分かるように声を掛けていないのであって、原告の右主張は失当である。

以上のとおり、被告三浦には何らの過失はなく、本件事故は、原告の一方的過失によるものである。

仮に被告三浦に過失があったとしても、本件事故の責任の大部分は原告において負担すべきであり、大幅な過失相殺がなされるべきである。

(二) 損害について

(1) 腰椎椎間板ヘルニアと本件事故とは無関係な私病に過ぎない。

(2) その余の後遺障害については、その存在も、その等級該当性も否認する。

仮に原告に後遺障害があるとしても、その原因の多くは素因によるものである。

(3) 原告主張の損害は、すべからく過大である。

三  争点

1 被告会社に本件事故について安全配慮義務違反があるか

2 被告三浦に本件事故について過失があるか

3 本件事故による原告の損害の算定

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1 《証拠略》によれば、被告会社は、キャディには入社時からマニュアルにしたがって安全教育も含めた教育を行っていること、キャディ読本、ルールブック等を配布していること、キャディの業務に関するビデオテープをキャデイ控室に置いていること、キャディとの労働契約書には、遵守事項として「プレーヤーの前方に決して出ない(打者の前へ出ることは自殺行為とみなす)」と記載し、原告が右労働契約書に署名、押印していること、また、被告会社がキャディに対し、「健康で楽しく働く為のお約束事項」と題する書面交付し、原告もそれに署名、押印していること、右書面には、約束事項の第一項として「一、プレーヤーの前方に決して出ない。(打者の前へ出る事は自殺的行為)」と掲げていること等の事実が認められる。

以上認定事実によれば、被告会社は、その雇用するキャディに対し、キャディの身体の安全のために、プレーヤーの前方に出ることを禁止し、その点について一応の周知徹底方策を採っていると認められる。

2 しかしながら、他方、《証拠略》によれば、原告は右のごとき被告会社の周知徹底にもかかわらず、キャディ業務に従事する際、本件事故発生時と同様に、プレーヤーの前方に出ることが多々あったことが認められ、《証拠略》によれば、被告会社のキャディを統括するキャディマスター見習いや先輩キャディが、原告の右のような行動について認識していたこと、それにもかかわらず、原告に対し、そのような行動について注意、指導していなかったことが認められる。

3 もとより、雇用契約上の安全配慮義務に怠りがないと認めるためには、抽象的に危険を告知し、一般的に安全対策を指導するだけでは足りず、具体的な状況において、従業員が安全を損なうような行動に出た場合あるいはその恐れがある場合には、適宜安全のための指導をする必要があることは雇用契約に付随する義務というべきであって、前記認定の事実によると、被告会社は、原告に対し、十分な安全対策の指導を怠ったものといわなければならず、安全配慮義務違反の債務不履行があったと認められる。

二  争点2について

1 《証拠略》によれば、本件ホールのレイアウトは、本件バンカーの前方が大きく下に傾斜しており、被告三浦が第二打を放った地点から原告が受傷した場所は、極めて見通しが悪く死角ともいうべき位置関係にあること、被告三浦は、同被告よりも後方に第一打が停止した訴外谷井が第二打を放ったことを確認し、さらに、前方にいた同伴競技者の訴外井上らに声を掛けた上で、第二打を放ったこと、被告三浦は、原告が前方でカートに乗って移動していることに気付かなかったこと等の事実が認められる。

なお、原告は、被告三浦に、原告の指示があるまで第二打を打たないよう指示した旨供述するが、右指示を被告三浦が認識し、その上で第二打を放ったと認めるに足りる証拠はない。

2 ところで、通常ゴルフプレーヤーが球を打つに際しては、前方に同伴競技者等がいないこと、同伴プレーヤー等がいる場合には、その者らに対し、自己がこれから球を打つことについて注意を喚起すべき義務があるものと解されるところ、右義務はキャディに対しても同様であるというべきである。

しかしながら、ゴルフがスポーツであり、スポーツに厳格な注意義務を求めるのは相当ではないこと、同伴プレーヤーらとしても、パーティ全体のプレーの流れや状況等については当然把握しているはずであること等に照らせば、球を打とうとするプレーヤーにおいて、同伴プレーヤー又は自己のパーティを担当するキャディの一切の動静に注意を払い、それらの者の位置関係を完全に把握した上で打球を放つべき注意義務まではないというべきところ、前記認定の事実及び通常自己の前方にキャディが移動していることは予想し得ないこと等を総合すると、被告三浦において第二打を放つ際に、キャディである原告が前方に移動中であることを予見又は予見し得るとはいえないことに帰する。

3 そうすると、被告三浦において、本件事故発生について過失があったとは認められない。

三  争点3について

7 後遺障害を除く損害の算定

(一) 傷害慰謝料 二〇〇万円

原告は、前記前提となる事実記載の通院のほか、おりた整形外科に平成七年九月二八日から同八年八月二六日まで通院(うち二一日間は入院期間)したことが認められる。被告らはおりた整形外科における入通院の必要性に疑問を呈するが、後記の後遺障害に関する判断のとおり必ずしも右入通院をもって本件事故と相当因果関係のないものとは即断できないから、右入通院も傷害慰謝料の基礎と認めるべきである。

右入通院期間を総合すると、原告主張額を相当と認める。

(二) 休業補償 三一〇万一七八一円

本件事故直前の三か月間に原告が被告会社から受領していた給与の総額は、六八万八八四〇円で一日当たり七四八七円であること、原告は被告会社から、平成六年七月一一日に一八万九五〇〇円、同年一二月九日に一九万四五〇〇円の合計三八万四〇〇〇円の賞与を受領していたことが認められる。

次に症状固定をいつと見るかであるが、この点については鑑定の結果でも判然とはしない。しかしながら、おりた整形外科の後遺障害診断書では、通院継続中であるにもかかわらず、症状固定日を平成七年一二月一一日としていること、右診断書の後遺障害は右足部神経麻痺とされ、鑑定の結果から認められるべき後記説示の後遺障害の内容との間に断絶があるとは言い難いこと、原告は平成八年三月二二日に兵庫県から右膝関節の著しい機能障害、右足関節の機能全廃等を理由に身体障害者福祉法施行規則別表第五号に基づき四級の認定を受けたところ、右障害の内容と、本訴において原告が主張する後遺障害の内容は同一であって、とすると平成八年三月二二日までには症状固定しているとみるべきこと等を総合すると、原告の症状固定日は、おりた整形外科の診断書のとおり、平成七年一二月一一日と認めるのが相当である。

とすると、原告の休業期間を本件事故当日から平成七年一二月一一日までの三六三日間、日額七四八七円を前提にすると合計二七一万七七八一円となり、また賞与相当の休業損害として少なくとも前記認定の額(三八万四〇〇〇円)が認められるから、これらの合計三一〇万一七八一円をもって休業損害と認められる。

2 後遺障害について

(一) 本件事故と相当因果関係にある後遺障害

(1) 後遺障害の有無及びその程度

《証拠略》によれば、原告の右足関節はその機能が全廃ではないがそれに近いものであることが認められ、これは、労働者災害補償保険法施行規則別表第一の一〇級一〇号の「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」に該当すると認められる。

なお、前記認定のとおり、原告は身体障害者福祉法施行規則別表第五号に基づき四級の認定を受けているが、鑑定の結果によっても、原告の右膝関節についてその機能障害の程度が斟酌すべき後遺障害に該当するとは認められない。

(2) 本件事故と右後遺障害の因果関係について

《証拠略》によれば、前記認定の後遺障害の原因は、右腓骨神経麻痺と反射性交感神経性異栄養症症候群が合併した状態であると思われること、右神経麻痺の原因は特定できないこと、反射性交感神経異栄養症症候群は軽微な外傷を契機としても発症しうること、原告の後遺障害の主因は右腓骨神経麻痺であり、主因の関与比率が六ないし七割程度と見られること、もっとも本件事故態様及び初診時の原告の骨折の状態ないし程度からすると、原告の後遺障害の原因となるような神経麻痺が生じるとは通常考えられないこと等の事実が認められる。

右事実を総合すると、本件事故と原告の後遺障害との間に事実的因果関係を認めることはできるものの、その相当性の判断としては、損害の公平な分担という不法行為の制度趣旨に照らし、一〇〇パーセントの因果関係を認めるのは相当ではなく、いわゆる素因的要素による減額と、相当性の立証が完全になされていないとの観点から、右後遺障害による損害の五〇パーセントを減じるのが相当である。

(二) 損害の算定

(1) 後遺障害慰謝料 五〇〇万円

労災保険法の後遺障害等級一〇級相当の後遺障害慰謝料としては、五〇〇万円が相当である。

(2) 逸失利益

原告は昭和三一年八月三一日生の女性であり、病状固定時(平成七年一二月一一日)三九歳であったから、稼働可能期間を六七歳までの二八年(対応するホフマン係数一七・二二一一)とし、労働能力喪失率を二七パーセントとし、平成七年賃金センサスによる女子の年齢別平均賃金三七〇万二二〇〇円を基礎とすると、逸失利益は次のとおり一七二一万四一〇八円となる。

(計算式)

3,702,200(円)×0.27×17.2211=17,214,108(円)

(3) 減額

右(1)及び(2)の合計は二二二一万四一〇八円となり、五〇パーセントの減額をすると一一一〇万七〇五四円となる。

3 過失相殺

前示説示のとおり、本件事故は、被告会社の安定配慮義務違反による部分もあるが、被告会社は、抽象的にはプレーヤーの前方に出ないよう相当の注意ないし指導をしており、またプレーヤーの前方に出ないことは、ゴルフ競技に携わる者として基本的な事項であるといえること、換言すれば、プレーヤーの前方に出ることが自己の身体の安全を害する危険性は通常十分認識し得るということからすると、本件事故は、原告が右の諸点に反して安易にプレーヤーの前方に出たことによって生じたといえるのであって、大幅な過失相殺はやむを得ない事案であり、前記説示の諸点からすると、原告に生じた損害の八割を減じるのが相当である。

4 小括

(一) 損害合計及び過失相殺

以上認定説示の原告の損害合計は一六二〇万八八三五円となるところ、その八割を減じると、三二四万一七六七円となる。

(二) 損益相殺

原告が労災保険より、休業補償給付一七七万八七三三円、傷害補償給付五五万八二九六円の合計金二三三万七〇二九円を受領したことは争いがない。

そこで過失相殺後の損害から右受領額を減ずると、九〇万四七三八円となる。

(三) 弁護士費用 二〇万円

右認定の損害額、本件事案の概要等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は二〇万円と認める。

第四  結論

以上のとおり、原告の本訴各請求は、被告会社に対し、金一一〇万四七三八円の支払いを求める限度で理由があるから認容し、被告会社に対するその余の請求及び被告三浦に対する請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六四条を、仮執行宣言について同法二五九条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 黒田 豊)

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